最高裁判所第二小法廷 平成6年(行ツ)111号 判決 1998年7月03日
上告人
有限会社ササヌマ
右代表者代表取締役
笹沼英男
右訴訟代理人弁護士
福田哲夫
被上告人
氏家税務署長
五味渕博
右指定代理人
細川清
外八名
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人福田哲夫の上告理由第二ないし第五について
一 本件は、上告人の申請に係る酒類販売業免許を被上告人が拒否した処分の取消訴訟であるところ、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、昭和六三年一月九日、被上告人に対し、酒税法(以下「法」という。)九条一項に基づき、次の内容の酒類販売業免許の申請(以下「本件申請」という。)をした。
販売場の所在地 栃木県矢板市東町七三一番地五、同七三一番地六
販売場の名称 セブンイレブン矢板バイパス店
販売酒類の種類 全酒類
販売の方法 小売業
2 被上告人は、昭和六三年一二月一九日付けで、法一〇条一〇号、一一号に該当することを理由として、右免許を拒否する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。
3 本件処分当時における酒税法基本通達(昭和五三年六月一七日付間酒一―二五「酒税法基本通達の全部改正について」国税庁長官通達の別冊。以下「基本通達」という。)は、法一〇条一〇号に規定する「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」の意義について「事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品又は販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合」をいうと定め、また、同条一一号に規定する「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要がある」の意義について、「新たに酒類の製造免許又は販売業免許を与えたときは、地域的又は全国的に酒類の需給の均衡を破り、その生産及び販売の面に混乱を来し、製造者又は販売業者の経営の基礎を危くし、ひいては、酒税の保全に悪影響を及ぼすと認められる場合」をいうと定めていた。
また、本件処分当時における酒類販売業免許等取扱要領(昭和三八年一月一四日付間酒二―二「酒類の販売業免許等の取扱について」国税庁長官通達の別冊。以下「取扱要領」という。)は、酒類小売業の免許の要件として、申請者の人的要件、酒類の需給調整上の要件等を定めていた。そのうち人的要件としては、「経験その他から判定し、税務署長が酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認める者又はこれらの者が主体となって組織する法人であること」と定め、右の者の判定基準として、免許を受けている酒類の販売業の業務に直接従事した期間が引き続き三年以上である者、調味食品等の販売業を三年以上継続して経営している者等を挙げていた。また、法一〇条一一号の需給調整上の要件の判断基準として、全酒類小売業の免許の付与は、① 申請販売場の小売販売地域内に所在する全酒類小売業者の販売場から、その地域の小売基準数量の一〇倍以上の数量の販売実績を有する大規模な既存小売販売場を除外した残りの全酒類小売販売場の最近一箇年における総販売数量に酒類消費量の増減率を乗じて算出される数量を、その販売場の数に申請販売場数を加えた数で除して得た数量が地域ごとに定められた小売基準数量以上であること(以下「小売基準数量要件」という。)、② 申請時に最も近い時における申請販売場の小売販売地域内の総世帯数を、既存小売販売場数に申請販売場数を加えた数で除して得た数が地域ごとに定められた基準世帯数以上であること(以下「基準世帯数要件」という。)、のいずれかに該当する場合に限ることとし、そのただし書(以下「本件ただし書」という。)として、これらの要件に合致する場合であっても、既存の酒類販売業者の経営実態又は酒類の取引状況等からみて、新たに免許を与えるときは、酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあると認められる場合は免許を与えないこととする旨の運用指針を規定していた。そして、本件申請に係る販売場の属する小売販売地域における小売基準数量は年間二四キロリットル、基準世帯数は二〇〇世帯であった。
4 上告人の代表取締役である笹沼英男は、かつて家電店を個人で経営していたが、昭和六〇年六月、本件申請に係る販売場所在地の自己所有の土地建物において、大手のコンビニエンスストアのグループであるセブンイレブンのフランチャイズ店を開店した。英男は、妻のサヨ及び菊地英夫とともに、資本の総額を一〇〇万円とする上告人を設立し、以後、上告人が右店舗建物を英男から賃借してコンビニエンスストアを経営しているが、上告人の実態は英男及びサヨによる小規模の同族会社である。その後、上告人の資本の総額は、同六三年七月に三〇〇万円に、本件処分後の平成元年二月に五〇〇万円に増額された。
上告人の決算報告書によると、上告人は、第一期事業年度(昭和六〇年一二月五日から同六一年四月三〇日まで)に四九万九一九二円、第二期事業年度(同年五月一日から同六二年四月三〇日まで)に一一七万八〇四九円の各損失金を計上し、同日現在で一六七万七二四一円の未処理損失金を抱え、六七万七二四一円の債務超過となっており、第三期事業年度(同年五月一日から同六三年四月三〇日まで)において、一〇万六三六四円の利益を計上したものの、依然として一五七万〇八七七円の未処理損失金を抱え、債務超過の状態が継続し、第四期事業年度(同年五月一日から同年八月三一日まで)に一八〇万八六三一円の利益金を計上している。なお、上告人の売上高は、第二期事業年度が二億〇六八二万七一九〇円、第三期事業年度が二億五一〇三万四八三七円、第四期事業年度は九一七五万三二六三円であり、右各年度の売上総利益は、それぞれ五七九八万一六六八円、七〇五五万一四七五円、二五九五万四三二七円である。しかし、第三期事業年度における当期利益は一二八万円余増加しただけであり、第四期事業年度における次期繰越金は一七万九七五四円にすぎないことがうかがわれる。
上告人は、第三期事業年度において、昭和六三年一月から英男所有の前記店舗の賃借料を月額三五万円から三〇万円に減額しており、右減額がなければ、同事業年度においても、九万三六三六円の損失金を計上することとなり、前期からの繰越損失金との合計一七七万〇八七七円が未処理損失金として計上されたはずである。また、第四期事業年度においては、決算期を変更して期間四箇月の短期決算を組み、右のとおり店舗賃借料を減額したまま据え置くとともに、英男の役員報酬を月額七五万円から五五万円に、サヨの役員報酬を月額五五万円から四〇万円に、それぞれ減額し、右四箇月間に賃借料及び役員報酬を合計一六〇万円減額することにより、前記利益金を計上して前期までの未処理損失金を補てんしているが、これらを減額しない場合には、その利益金は二〇万八六三一円にとどまり、第三期事業年度からの繰越損失金一七七万〇八七七円を補てんしても第四期事業年度末において依然として一五六万二二四六円の未処理損失金を抱えることとなる。
上告人は、有限会社前田酒販との間で、同社において上告人が酒類販売業免許を取得することを促進、指導し、これに対し上告人が顧問料一三〇〇万円を二回に分割して支払うことを内容とするコンサルタント業務契約を締結し、昭和六二年一二月一六日、同契約に基づき同社に顧問料として六五〇万円を支払い、これを第三期事業年度の決算上前払金として処理した。右契約によれば、上告人は、右免許を取得したときは、五日以内に残額六五〇万円を支払う約定となっている。
なお、英男は、矢板市東町に土地二四六八平方メートル及び建物五棟を所有し、平成元年度の右不動産の固定資産税評価額は約三五〇〇万円であるものの、右不動産には既に極度額三〇〇〇万円の根抵当権が設定されている。
5 英男は、3の取扱要領の定める人的要件を満たしていなかったため、これを形式的に充足させるため、前田酒販と相談の上、同社の経理部長であり右基準を満たす山本啓一を昭和六二年一二月三〇日開催の上告人の臨時社員総会において上告人の取締役に選任し、同六三年一月七日その就任の登記を経由し、本件申請に際しては、山本は常勤で販売、仕入れを担当する旨書類に記載するなどした。しかし、実際は、山本が上告人の経営に関与したことはなく、同人は本件申請について上告人が免許取得のための人的要件を充足しているかのような形式を整えるため、一時的、名目的に取締役に就任したにすぎない。そして、山本は、本件処分当時、同六二年分の市県民税七万六三八〇円のほか同六三年分の同税のうち納期が到来した二万六三〇〇円を滞納していた。
6 本件申請に係る販売場の小売販売地域内に所在する小売販売場は七場であり、小売基準数量の一〇倍以上の数量の販売実績を有する販売場はない。右七場の合計酒類販売数量は昭和六二年においては231.846キロリットルであるが、同六〇年においては235.775キロリットル、同六一年においては231.797キロリットルであって、横ばいの状態である。同小売販売地域内の世帯数は、同六三年一一月一七日現在で一四九五世帯であるが、同六一年一〇月一日現在では一四一九世帯、同六二年一〇月一日現在では一四六八世帯、同六三年一〇月一日現在では一四九五世帯であった。同販売地域の既存業者七者七場の平均営業所得は年間二五〇万円程度であり、うち四者の販売数量は年間二四キロリットル未満である。上告人の販売見込数量は、年間67.609キロリットルであり、右四者の合計販売数量に匹敵する。
上告人の店舗と同様国道四号線沿いにある他のコンビニエンスストアの例でも、店舗の顧客全体としては通行客がかなり見られるものの、酒類の販売の場合の顧客はそのほとんどが周辺地域の住民であり、他地域からの通行者が購入する例はごくわずかである。
二 原審は、右事実関係に基づき、次のとおり判断した。
1 法一〇条一〇号該当性
(一) 法一〇条一〇号に規定する「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」の意義に関する基本通達の前記一3の立場は、合理的で相当なものということができる。
(二) 前記一4の事実によれば、上告人は、第一期及び第二期事業年度において損失金を計上し、第三期及び第四期事業年度には、利益金を計上して未処理損失金を補てんしたものの、賃借料及び役員報酬を減額しなかったとすれば、依然として一五六万二二四六円の未処理損失金を抱えていたものと認められる。また、証拠によれば、賃借料及び役員報酬の減額をし、第四期事業年度において短期決算を組んだのは、上告人において酒類販売業免許の取得を目的として作為的に上告人の経営状況が良好であるような体裁を整えるためにしたものであることがうかがわれる。そして、上告人の売上高、売上総利益とも増加しているが、当期利益の増加はわずかであるなど、前田酒販に対して支払った顧問料六五〇万円の償却及び後払分の六五〇万円のねん出は、上告人にとって大きな負担である。さらに、英男に上告人のため十分な資金を調達する能力があったとは認め難い。これらからすると、本件処分当時、酒類販売店経営のために必要な資金的要素に相当の欠陥があり、確実な経営は見込まれない状態にあったとされてもやむを得ない。
また、前記一5の事実によれば、山本は、本件申請について上告人が免許取得のための人的要件を充足しているかのような形式を整えるため、一時的、名目的に取締役に就任したにすぎないものであるが、本件処分当時被上告人はそのことを知ることができなかったから、本件処分において被上告人が上告人の経営の人的要素の判断をするため山本について検討したのは当然のことである。そして、被上告人が、山本について、市県民税滞納の事実から遵法精神に欠け、健全な経営を行う能力にも問題があると判断したことは、首肯し得る。また、英男は、虚偽の手段をろうして免許を取得しようと図ったものであるから、そのこと自体同人の遵法精神及び健全な経営を行う能力に疑問を抱かせるものである。
(三) 以上によれば、被上告人が本件処分当時上告人について経営の資金的、人的要素に相当な欠陥があって事業の経営が確実とは認められないと判断したことには、合理性があるというべきであるから、上告人が法一〇条一〇号の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当するとした本件処分における被上告人の判断に違法はない。
2 法一〇条一一号該当性
(一) 法一〇条一一号の要件に関する基本通達及び免許取得要領の前記一3の定めは、同号の運用基準として合理的で相当なものということができ、一概に、小売基準数量要件又は基準世帯数量要件のいずれかを満たす申請に対しては原則として免許を付与すべきであり、ただし書の適用は慎重にすべきものであると解することは相当でない。
(二) 前記一6の事実によれば、本件申請が許可された場合の小売販売地域内における免許後一場当たり販売見込数量は28.981キロリットル、免許後一場当たり世帯数は一八七世帯となり、本件申請は、免許取得要領に定める基準世帯数の要件は満たさないが、小売基準数量の要件は満たしている。しかし、本件申請に係る小売販売地域における酒類の消費量は頭打ちとなっており、同販売地域の世帯数の推移も同様に横ばい状態であり、既存業者のうち四者は零細業者であって、既存業者の経営状態は必ずしも良好とはいえないなど、前記一6の事実からすれば、本件処分当時、被上告人が上告人に免許を与えることは上告人の店舗周辺の小売販売地域における酒類の需給の均衡を破り適当でないと判断したことには、合理性がある。
(三) したがって、上告人に酒類販売業免許を与えることは法一〇条一一号に該当し適当でないとした本件処分における被上告人の判断には違法はない。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 酒類販売業につき免許制が採られているのは、酒税の納税義務者とされた酒類製造者のため、酒類の販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税の負担の円滑な転嫁を実現する目的で、これを阻害するおそれのある酒類販売業者の酒類の流通過程から排除することとして、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るためであると解される。そして、右免許の要件を定めた法一〇条は、同条各号の一に該当するときは免許を与えないことができると規定しているが、これは、右免許制が憲法二二条一項の保障する職業選択の自由に対する規制措置であることにかんがみ、酒類製造者において酒類販売代金の回収に困難を来すおそれがあると考えられる場合を限定的に列挙して、免許の申請がそれらのいずれかに該当すると認められる場合に限って免許を与えないことができるものとし、それらに該当するとは認められない場合には申請どおり免許を与えなければならないものとする規定であるというべきである。本件で問題となる法一〇条一〇号及び一一号の規定を酒類販売業の免許の関係においてみると、一〇号は、物的、人的、資金的要素に欠陥があって申請者自身の経営の基礎が薄弱であると認められるため、酒類製造者において酒類販売代金の回収に困難を来すおそれがある場合を規定したものと解され、また、一一号は、申請者の参入により酒類の需給の均衡が破れる結果酒類販売業者の経営の基礎が危うくなると認められるため、酒類製造者において酒類販売代金の回収に困難を来すおそれがある場合を規定したものと解される。これらの規定は、前記の立法目的に沿う合理的なものということができるが、以上に述べたところからすれば、「経営の基礎が薄弱である」(一〇号)「酒類の需給の均衡を維持する必要がある」、「免許を与えることが適当でない」(一一号)という抽象的な文言をもって規定されている免許拒否の要件を拡大して解釈適用するときは、右の立法目的を逸脱して、事実上既存業者の権益を保護するため新規参入を規制することにつながり、憲法の前記規定に違反する疑いを生ずるといわなければならないのであって、あくまで右の立法目的に照らしてこれらの要件に該当することが具体的事実により客観的に根拠付けられる必要があるものと解すべきである。
2 右の見地に立って、前記事実関係に基づき、まず、本件申請が法一〇条一〇号に該当すると認められるか否かについて検討する。
(一) 上告人は、大手のコンビニエンスストアのグループであるセブンイレブンのフランチャイズ店であるところ、その本件処分当時までの経営実績は、創業当初の第一期事業年度(約五箇月間)に四九万九一九二円、第二期事業年度に一一七万八〇四九円の損失金をそれぞれ計上したが、第三期事業年度には、一〇万六三六四円、第四期事業年度(四箇月間)には一八〇万八六三一円の利益金をそれぞれ計上し、第二期事業年度末現在で一六七万七二四一円あった未処理損失金も第四期事業年度において解消されたというのである。上告人の売上高が第二期事業年度においては二億〇六八二万七一九〇円であったことからすれば、右の同期損失金の売上高に占める割合はわずか0.57パーセントにすぎないのであり、右のように創業期において若干の損失金が出ることは何ら異常なこととは考えられない上、その後、上告人の売上高は着実に伸びているということができる。これら事実に基づけば、上告人が免許取得後五日以内に顧問料残額六五〇万円の支払をしなければならない契約を締結していることなど原審の確定したその余の事実関係を考慮しても、本件処分当時において上告人の経営の基礎が薄弱であると断定することはできなかったものといわなければならない。
原審は、第三期事業年度以降の業績の回復は、英男から賃借している店舗の賃借料及び英男とサヨの役員報酬を減額したことによるものであることを問題としているが、上告人は英男及びサヨによる小規模の同族会社であり、減額後の金額が会社常識に照らして不相当なものであるとまでは解されないのであって、経営安定のため英男やサヨの同意の下にこのような措置を採ることも何ら異常なことではないから、帳簿上の粉飾ではなく、現実にこのような措置が採られた以上、このような措置を採らなかったならば経営が不安定であったであろうということを過大に考慮すべきではない。原審は、右の賃借料及び役員報酬の減額をし、第四期事業年度において短期決算を組んだのは、上告人において酒類販売業免許の取得を目的として作為的に上告人の経営状況が良好であるような体裁を整えるためにしたものであることがうかがわれると判示しているが、右減額等があくまで免許取得のための一時的な方便であり、免許取得後は再びこれらを増額して赤字経営に逆戻りするおそれがあるとまで認定するものではない。これらによれば、原審の挙げる点は、上告人の経営が順調とまではいえないというにとどまり、その基礎が薄弱であると断ずる根拠としては不十分というほかはない。
(二) 次に、本件申請において上告人の取締役とされていた山本が市県民税を滞納していたという事実は、実際には同人が上告人の経営に関与したことはなく今後も関与することは予定されていないとみられる以上、上告人の経営の基礎が薄弱であることの根拠となるものではないといわざるを得ない。被上告人には同人が名目的取締役であることが分からなかったということは、被上告人に落ち度がなかったことを意味するにとどまり、右判断を左右するものではない。
なお、上告人が取扱要領の定める基準を形式的に充足させるため山本を名目的取締役に就任させて本件申請を行ったことは、上告人の遵法精神に一定程度疑問を抱かせる事実ということができるが、更に進んで上告人の経営の基礎が薄弱であって酒類製造者において酒類販売代金の回収を図ることに困難を来すおそれがあることまでを根拠付けることは、困難であるというほかはない。
(三) 以上によれば、原審の確定した事実関係の下においては、本件処分当時、上告人が法一〇条一〇号に該当するとは断定することはできず、同号に該当することを理由に免許を拒否することは許されないものというべきである。
3 そこで、さらに、前記の見地に立って、本件申請が法一〇条一一号に該当すると認められるか否かにつき検討する。
(一) 取扱要領は、免許を与えるのは小売基準数量要件又は基準世帯数要件のいずれかを充足する場合に限ることとした上、本件ただし書において、これらのいずれかを充足する場合でも、酒類の需給均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあると認められる場合は免許を与えないものとする旨定めている。前述したところによれば、右のような取扱要領の定め方が同号の趣旨に沿うものであるかどうかには、問題があるが、小売基準数量要件及び基準世帯数要件自体には、相応の合理性があるものと考えられるから、これらのいずれかを充足する場合、とりわけ需給のバランスを直接的に示す小売基準数量要件を充足する場合には、それでもなお酒類の需給均衡を破るおそれがあることが具体的事実により客観的に根拠付けられて初めて、同号に当たるということができるものと解するのが相当である。本件ただし書きの定めは、極めて一般的抽象的であり、運用指針としての意義に乏しいが、右のような例外的な場合には免許を与えないことができることをいう趣旨に理解するほかはないものというべきである。
(二) 本件申請は、小売基準数量要件を充足し、基準世帯数要件は満たさないものの、免許場一場当たり世帯数が一八七世帯となるというのであるから、基準世帯数である二〇〇世帯を大きく下回るものではない。したがって、それでもなお酒類の需給均衡を破るおそれがあることが具体的事実により客観的に根拠付けられない限り、本件申請が法一〇条一一号に該当するとは断定し得ないものというべきである。
原審は、本件申請に係る小売販売地域における酒類の消費量は頭打ちとなっており、同販売地域の世帯数の推移も横ばいであること、既存業者七者のうち四者は零細業者であって、既存業者の経営状態は必ずしも良好とはいえないことなどから、上告人に免許を与えることは酒類の需給の均衡を破るものと被上告人が判断したことに合理性があるとしている。しかし、本件処分時において小売基準数量要件を充足しており、酒類の消費量や世帯数が今後大幅に減少するというのではないことからすれば、特別の事情が認められない限り、今後も既存業者の経営はおおむね成り立ち得ると推測される。そして、零細とされる四者の販売数量は右地域における小売基準数量を下回ってはいるものの、取扱要領の定める小売基準数量は、右地域と同様の市制施行の市街地(B地域)においては二四キロリットルとされているが、町制施行の市街地(C地域)においては、その半分の一二キロリットルとされており、その程度の販売数量でも十分経営が成り立つものと想定されていること、同様に取扱要領の定める基準世帯数は、B地域においては二〇〇世帯であるが、C地域においては一五〇世帯とされていること、そもそも申請者をも加えた販売業者の販売数量の平均値が小売基準数量を上回るという小売基準数量要件を充足しても半数以上の既存業者は小売基準数量を下回る可能性があるのであり、そのことを根拠に需給の均衡が破れるというのであれば、小売基準数量要件は意味をなさないことになること、右の四者が酒類の販売以外にいかなる営業をしているのかは明らかとされておらず、その総体としての経営状況が良好ではないのか否かが不明であることにかんがみれば、原審の確定した事実のみをもって酒類の需給の均衡が破れるものと即断することはできないものというのが相当である。
(三) 以上によれば、原因の確定した事実関係の下においては、本件処分当時、本件申請が法一〇条一一号に該当すると断定することはできないというべきである。
4 以上のとおりであるから、原審の確定した事実関係の下において、本件申請が法一〇条一〇号及び一一号に該当するとして免許を拒否した本件処分に違法はないとした原審の判断には、右各条項の解釈適用を誤る違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、その余の点につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件申請が法一〇条一一号に該当するか否かについては、前記四者の総体としての経営状況等を含め、本件申請が小売基準数量要件を充足するにもかかわらず、なお酒類の需給均衡を破るおそれがあるというべき具体的な事由があるかどうかにづき更に審理を尽くして判断する必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一 裁判官福田博)